「脱原発」vs「原発推進」の二元論を超えた
東電問題の日本のためになる議論の仕方
《中略》
関東大震災後に帝都復興院総裁となった後藤新平は、壮大な規模の震災復興計画を考え、“大風呂敷”と揶揄されました。しかし、最初に大風呂敷を広げたからこそ、部分的とは言え先進的な取り組みが復興段階で可能になったと言えるのではないでしょうか。
そう考えると、東北の復旧・復興についてはもちろん、震災後の電力供給体制を考えるに当たっても、現代の後藤新平と言える人が現れることが必要ではないでしょうか。そうした人が電力の地域独占を打破することが、震災で失った“安心・安全”に代わる新たな日本の価値観の確立につながるはずです。
そのためにも、“脱原発”、“原発推進”といった不毛な議論は止めるべきです。そうした表面だけのゼロ・イチの議論に終始しては、電力供給体制は何も変わらず、地域独占を維持したい電力産業を利するだけです。
2011年4月29日金曜日
岸博幸のクリエイティブ国富論
2011年4月26日火曜日
地震学者石橋克彦氏講演
【IWJ・CNIC】地震学者石橋克彦氏『「福島原発震災」後の日本の原子力政策を考える』
ウィキペディアから《参考》
石橋 克彦(いしばし かつひこ、1944年 - )は日本の地球科学者。神奈川県出身。専門は歴史地震、地震テクトニクス。
神奈川県生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒業、東大大学院理学系研究科博士課程修了。東大地震研究所助手、建設省建築研究所国際地震工学部応用地震学室長を経て、神戸大学都市安全研究センター教授を歴任。現在は神戸大学名誉教授。
1976年の日本地震学会で、東海地震説のもとになった「駿河湾地震説」を発表した。これは地震学界だけでなくマスコミでも盛んに取り上げられ、静岡県周辺の防災対策強化や直前予知体制が官民挙げて進められるきっかけとなった。
雑誌『科学』(岩波書店)1997年10月号で論文「原発震災―破滅を避けるために」を発表。以後、日本国内における原子力発電所の耐震性を最新の地震学の知見で見直す必要性や、東海地震想定震源域の真上に建っている浜岡原子力発電所の閉鎖、原発依存からの脱却を一貫して主張し続けている。2001年には国の原子力安全委員会耐震指針検討分科会委員に就任し、『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針』の改訂に関わったが、改訂案が了承される直前の2006年8月になって、内容を不服として委員を辞任した。「原発震災」への懸念は、2011年の東日本大震災における津波で引き起こされた福島第一原子力発電所事故で現実のものとなった。
モヤモヤとした社会の中
現在の社会は、何かモヤモヤとした中にフワフワと漂っているようなところを感じる。
今回の東日本大震災の支援で、あらためて浮き彫りになっている問題、色々とあるだろうが、その中で行政の動きの遅さについて述べてみたい。これは震災に限ったことではないが、このようなことがないときはあまり表に出てくることがない。
被災地で次のようなことがあったと読売新聞が伝えている。
全部で5千万円以上?避難所で現金配る2人組
行政の動きが遅いのには震災の規模が大きかったということや、サポートする拠点が被災を受けているというも問題もあるが、行政が過去からずっと持ち続けている保守的な内向志向とでも言うような体制があると思う。自分たちの把握できないこと、外部からの割り込み、想定外の事態には門戸をかたくなに閉じている。
これは何も行政に限ったことではないだろうが、ある体制があるとその中ではある程度の自由な動きや情報のやりとりはできるだろうが、見ず知らずのものがなにか建設的な意見なり提言を個人の立場でしようとすると、まず取り合ってくれないことがよくある。
彼らは自分たちのテリトリをかたくなに守ろうとしているかのように見える。
今回の東日本大震災の支援で、あらためて浮き彫りになっている問題、色々とあるだろうが、その中で行政の動きの遅さについて述べてみたい。これは震災に限ったことではないが、このようなことがないときはあまり表に出てくることがない。
被災地で次のようなことがあったと読売新聞が伝えている。
全部で5千万円以上?避難所で現金配る2人組
東日本大震災で被災した宮城県石巻市の避難所に「西日本有志の会」「西日本小売業協会」などと名乗る男性2人組が現れ、避難住民に直接現金を配ったことが23日、わかった。まず1つには,なぜ「西日本有志の会」「西日本小売業協会」などと名乗る男性2人組がれ、避難住民に直接現金を配ったのかという疑問が湧いてくる。なぜこの場所であったのか,多くの避難所の中からなぜここを選んだのかということもあるが、今回はそれは横においといてなぜ彼らがこういう行動に出たのかということだ。もう3月11日の震災から1ヶ月半にもなるというのに、義援金などが必要なところに十分配布されてないもどかしさからの行動ではなかろうかと推測する。
市が同日、災害対策本部会議で明らかにした。
市によると、2人組は21、22の両日、市内の避難所計6か所で3万円ずつ茶封筒に入れた現金を避難住民に配ったほか、市牡鹿総合支所で、職員に3万円の茶封筒約170通、計約500万円を渡していった。総額は5000万円以上とみられる。避難所の職員が「やめてください」と言って断っても配り続け、その後立ち去ったという。
話を聞きつけたほかの被災者からは「不公平だ」と訴える電話が市に寄せられており、市は「志はありがたいが、被災者に公平に配れる義援金として送ってほしい」と呼びかけている。
(2011年4月23日20時44分 読売新聞)
行政の動きが遅いのには震災の規模が大きかったということや、サポートする拠点が被災を受けているというも問題もあるが、行政が過去からずっと持ち続けている保守的な内向志向とでも言うような体制があると思う。自分たちの把握できないこと、外部からの割り込み、想定外の事態には門戸をかたくなに閉じている。
これは何も行政に限ったことではないだろうが、ある体制があるとその中ではある程度の自由な動きや情報のやりとりはできるだろうが、見ず知らずのものがなにか建設的な意見なり提言を個人の立場でしようとすると、まず取り合ってくれないことがよくある。
彼らは自分たちのテリトリをかたくなに守ろうとしているかのように見える。
2011年4月24日日曜日
愛川欽也パックインジャーナル4/23(土)「原発事故工程表は大丈夫か」1/2
この時期だからかなりのメディアが取り上げているが、果たして半年先一年先どういった報道姿勢になるのか?もちろん大手のメディアがあまり取り上げない中、取り上げる意義は大きい。これがこの時期にとどまることなく、日本のエネルギー政策をはじめ矛盾を帯びたシステムを訴え続けていってほしいものだ。
無視された警告
吉井英勝
ウィキペディア
ウィキペディア
原子力発電所への警告 [編集]
2006年12月13日、「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」を提出し、原発の安全対策について当時の安倍内閣に見解をただした[3]。
この主意書における質問は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震によって福島第一原子力発電所が被った危機的状況を的確に予見したものであった。例えば以下のような質問をしている。
* 「原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがかかる)だけでなく、停止した原発の機器冷却系を作動させるための外部電源が得られなくなるのではないか。」(質問1-1)
* 「大規模地震によって原発が停止した場合、崩壊熱除去のために機器冷却系が働かなくてはならない。津波の引き波で水位が下がるけれども一応冷却水が得られる水位は確保できたとしても、地震で送電鉄塔の倒壊や折損事故で外部電源が得られない状態が生まれ、内部電源もフォルスマルク原子力発電所のようにディーゼル発電機もバッテリーも働かなくなった時、機器冷却系は働かないことになる。この場合、原子炉はどういうことになっていくか。原子力安全委員会では、こうした場合の安全性について、日本の総ての原発一つ一つについて検討を行ってきているか。また原子力・安全保安院では、こうした問題について、一つ一つの原発についてどういう調査を行ってきているか。」(質問1-6)
* 「停止した後の原発では崩壊熱を除去出来なかったら、核燃料棒は焼損(バーン・アウト)するのではないのか。その場合の原発事故がどのような規模の事故になるのかについて、どういう評価を行っているか。」(質問1-7)
これらの質問に対する政府答弁はおざなりであり、対策を約束しながらも、実際には何もなされなかった。それが悲劇的事故を回避できなかった原因として指摘されている[4]。
2011年4月23日土曜日
反原発の立場を取る知識人
安斎育郎(立命館大学国際関係学部)安斎育郎研究室<平和学>
ウィキペディア
小出裕章(京都大学原子炉実験所)
原子力安全研究グループ
ウィキペディア
広瀬 隆(作家)
ウィキペディア
地球の落とし穴
大島堅一(立命館大学国際関係学)
大島堅一氏(立命館大教授) インタビュー
岩上安身氏が大島堅一立命館大教授にインタビューを行った動画です。
研究者プロフィール
ウィキペディア
小出裕章(京都大学原子炉実験所)
原子力安全研究グループ
ウィキペディア
広瀬 隆(作家)
ウィキペディア
地球の落とし穴
大島堅一(立命館大学国際関係学)
大島堅一氏(立命館大教授) インタビュー
岩上安身氏が大島堅一立命館大教授にインタビューを行った動画です。
研究者プロフィール
気になる記事
日経ビジネスオンラインから
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110420/219522/
2011年4月22日の記事
2011年4月14日の記事
2011年4月8日の記事
2011年4月7日の記事
2011年4月7日の記事
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110420/219522/
2011年4月22日の記事
原子力の欠落を埋める最大の方策は「省エネルギー」http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110412/219418/
化石燃料の発電効率と有効利用率の向上がカギ
《中略》
今週は今回の原発事故による今後の原子力発電の欠落分を、中長期的に意外に省エネルギーによる埋め合わせる余地が大きく、おそらく数ある埋め合わせ策、代替策の中で最大の寄与度を持つ方策であろうと考えられる事について述べる。
2011年4月14日の記事
放射能という“目に見えない恐怖”がもたらすストレスの脅威http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20110404/219287/
市民が知りたい情報を伝えられないメディアの責任
《中略》
特に子供を持つ女性の見えない敵への根拠なき恐怖心は、かなり高い。世間の放射能に対するある種の“慣れ”が、余計にそういった根拠なき恐怖に苦悩する方たちのストレスを高めているようにさえ思える。
2011年4月8日の記事
震災を「塞翁が馬」にする方法http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110406/219329/
各戸で自然エネルギー発電し、町単位で蓄電する
《中略》
これは、電気を自分で作って、自分で貯めて、自分で使うという半地産地消システムが実現することを意味する。これまでの集中型生産システムから分散自律型生産システムへ進化していくのだ。
2011年4月7日の記事
原子力発電所は“死との約束”http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110405/219323/
真実にふたをし、利益追求に走ったツケ
事故の問題もある。米国のスリーマイル島やソ連のチェルノブイリで実際に起きた事故によって、恐怖が存在することが繰り返し認識できた。だが、「事故はめったに起こらないため、心配する必要はない」と無視してきた。原発反対派は時代錯誤な左翼だとか、偽学者、必ずいるトラブルメーカーだとして笑い者にされた。稀なケースだが、この巨大産業の中にいて、企業方針に逆らって真実を言った人は解雇された。原発関連企業の専門家が秀でているはずの大量の詳細なデータの中で、危険な事実が埋もれてしまっている。
日本の電力会社は自らの国民を欺いた。日本は4つの地殻プレートの境界域上に位置しているために、地震が多い。しかも日本語の「ツナミ」がそのまま世界で通じるほど津波も多い。原子炉が海岸沿いに建てられているのは、万一の時に海水で冷却するためだ。専門家は「日本の原発は爆発するのを待つ自爆テロ犯のようなものだ」と繰り返し警告していた。広島や長崎の辛い思い出すらも、日本の電力会社が自滅的なリスクを取ることを止められなかった。
2011年4月7日の記事
さよならウラン、こんにちはトリウム
米中印が続々参入…福島原発事故で浮上した未来の原発
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