2011年10月3日月曜日

市民放射能測定所が新装オープン

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110927/222826/?P=3
「チェルノブイリの教訓」とは、
[1] 子どもの被ばくを最小化する。まずは子どもと妊婦を汚染地域から出すか、短い期間だけでも福島を離れるということを積極的に進めてほしい
[2] 放射能に汚染されていない、安心できる食べ物を福島に供給する
[3] 避難区域のほか、子どもの遊び場、学校などの徹底除染を進める
[4] NGOと市民の参加によって実現する環境保護と省エネ、エネルギー効率、再生可能エネルギーを同時に進める

 チェルノブイリ原発事故では多数の市民が日常生活を奪われ、子どもたちががんになった。多数の人の大きな犠牲を伴った教訓は、再発防止も含めて十分に生かされなければならない。

 「私たちと同じような大変な出来事や苦しみを、他の地域の人たちには体験してほしくない」。福島の人に共通する思いだ。チェルノブイリの被災者も、同じ思いだろう。各地での市民放射能測定所の整備の動きは、25年間の重い「チェルノブイリの教訓」を福島で生かそうという市民の底力、「市民パワー」の表れではないだろうか。

2011年8月29日月曜日

秋の気配も

まだまだ、熱い日は続いている。でも、ちょっと秋の気配が感じられるような気がする。

非常に澄んだ空気で朝方は気持ちよかったが、昼前になるとまだまだ8月だ。暑さは厳しい。

今年はいつまで暑さは続くのか。

2011年8月22日月曜日

この国の「ナゼ?」

国会議員も官僚も、はてまた自治体の首長もふしぎに思うことがある。
例えば、原発のことなど。震災後に、止めるのか動かすのかを問われたときに、チッチ自治体の首長はほぼ異口同音に、「国の方針が決まらないから、なんとも言えない」などと、二言目には国が、国がといって自分の態度をはっきりと示さなかった。

責任ある立場にあるものは、国がどうであれ自分の立場はこうだ、こういう考えであるということを示すべきだ。なぜそういうことができないのか?

ちょっと考えてみた。うがった考えかもしれないが。
国も地方自治体も、大事なのは国民の生命財産ではない。税収が全てなのだ。税収が全てであれば、減収につながるようなことは言えないし、多くの税金を収めてくれるようなところに影響するようなことは口が避けても言えないというのが本音なのではないか。

だからなのか、デリケートな問題(今回の原発事故など)には、言葉を濁す場面が多くみられる。

なんともふしぎな国だが、そういう国会議員や首長を選んだのは形の上では我々国民ということになるのだから、やりきれない。

2011年7月9日土曜日

涼を求めて

こんこんと湧き出る観音水。この清流を利用して流しソーメンがおこなわれている。7月8月は結構なにぎわいを見せている。

2011年7月7日木曜日

破綻しながらもナゼしがみつくのだろう?

日経ビジネス 「記者の眼」から
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20110705/221302/?P=2
「核燃料サイクルは破綻している」
今こそ再処理を考え直す時

 再処理工場がいつまでも動かない結果、日本中の原発に溜まっている使用済み核燃料は、貯蔵設備の限界に近づきつつある。福島第1原発の事故では冷却プールで保管していた使用済み核燃料棒も損傷し、放射性物質が飛散したとみられている。原子炉の中で核反応を起こしている核燃料に比べればはるかに安全と思われていた使用済み核燃料でさえ、「これほどの危険性を秘めているとは、正直なところ知らなかった」(経済産業省幹部)という声も上がった。

 福島第1原発事故の収束と巨額の損害賠償という難題に直面する今となっては、核燃料サイクルは、もはや国にも電力業界にも背負いきれない重荷になってしまったのではないか。
《中略》
 生前、中川氏に聞いたことがある。プルトニウムを含む核廃棄物を再処理する工場を日本国内に置く意義がある、と。ある経産官僚も「中川氏は、いわゆる『潜在的核保有論』による抑止力を意識していた」と述懐する。日本が核燃料サイクルを続けていれば、いつでも核兵器を作れる、という潜在能力を暗示することになる、ということだ。中曽根康弘元首相から連綿と連なる自民党の保守勢力には、どうしても核燃料サイクルを推進したいという政治的思惑があったのだ。
《中略》
 原子力環境整備促進・資金管理センターに積み立てられた3兆円を超える埋蔵金は、法律により、再処理と最終処分に使うものと定められている。最終処分の積立金はどのみち必要になるとしても、もし再処理を諦めれば、2兆4416億円を福島県の被災者の賠償に充てる道が開けるかもしれない。

 いずれにせよ、19兆円とか、43兆円とか、途方もない金額を投入すべき事業なのかどうか。いま一度考え直すべき時機が来たことは間違いない。

2011年7月4日月曜日

政治家の言葉

玄海原発:再稼働に同意 町長が九電社長と面会
岸本町長は「運転再開を了解したい」と述べ、再稼働に同意した。東京電力福島第1原発事故の影響で、停止中の全国各地の原発が再稼働できない状態が続く中、立地自治体の首長が正式に同意したのは初めて。
毎日新聞 2011年7月4日 11時33分(最終更新 7月4日 13時32分)
玄海町長 原発再開容認伝える
7月4日 12時22分(NHK)
会談のあと、岸本町長は「安全対策は確保されていると、私自身が確認したし、海江田経済産業大臣も来て、国が責任を持つと発言した。それを踏まえ、町としては運転を再開をしてもよいと判断した」と述べました。
どこをどう検証して了解となったのか?経産省の大臣がやってきて、説明されたぐらいのことで再稼働を同意するなどということは、始めから再稼働を同意するということであったのではないかと思う。

ここだけの話ではないが、町長や県知事などの再稼働に慎重な姿勢というのは、町民や県民または反対派に対する一種のパフォーマンスではないかと私は思っている。ある一定期間ガス抜きを計って本題を進めるというやり方はよく使われる手法だからだ。

2011年7月1日金曜日

僅かな揺れを感じた


7月1日、お山開き、愛媛は午前中雨。昼前には雨も上がって曇り空に。このところ各地で地震が頻繁に起こっている。